エコル株式会社 簡単そうに見える窓のお掃除でも実はすごい技術が必要なんです

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目次

 1.はじめに   2.ガラスクリーニングの知識と技術  3.外装クリーニングの知識と技術 
新シリーズ4.5は、 エコル社長日吉が書いた雑誌掲載文です。。
 4.熱線反射ガラスに傷が・・・・   5.熱線反射ガラスに傷が・・・・2
 6.スクイジー物語  7.ウィンドウ クリーナーズ in USA  (エコル松崎が写真で登場しています)



 Window Cleaning Story(ウィンドウ クリーニング ストーリィー)

6 スクイジー物語
  

スクイジー誕生

 ウィンドウクリーニングについて語るとき、それはスクイジー
から始めなければならないだろう。

 このスクイジーが発明されたのは、さかのぼること約70年前に
なる。エトレー・ステコン、23才。雄図を抱いて故国イタリアより新天地アメリカに向った。

 仕事を探さなければならなかった彼が真先に思いついたのは
ウィンドウクリーニングだった。
「アメリカ人がやりたがらない仕事、それでいて実入りのいい
仕事」それがウィンドウクリーニングだった。
 エトレーは道具一式を入れたバケツを下げてビルからビルへ
と駆け回った。遊びたい年頃のエトレーだったが、彼は一向に
はかどらないガラスみがきを日没後も続けていた。
 

     そんなエトレーに、同じ年頃の若者が呼びかけた。「ハイ!エトレー。ダンスホールに行こう。」
   「まだ終わらないんだ」

     そう返事をしながらエトレーは、「手っとり早い方法はないものか?」と自分の仕事の能率アップを考えていた。
   そんなエトレーも1923年、ステコン・プロダクト社を設立することができ社長と職人の二足のわらじをはきながら道具の
   研究を行った。

     そして、車のワイパーをヒントにT字型のウィンドウ クリーニング用の道具を発明した。
   この道具は、誰いうともなく「スクイジー」(ゴム雑巾)という名で呼ばれるようになった。
   このスクイジーのおかげで仕事の能率はかなりあがった。「ダンスホールにも行きたい」という若者の心が、1つの
   道具誕生のきっかけとなった。
 
   しかし、エトレーは、「もっとよいスクイジーを」「もっともっとよいものを」と自らに難問を課し研究を続けた。
   そして、ゴムこそがスクイジーの命だと考え実に10年もかけて「硬すぎず軟らかすぎず、ガラスにぴったりフィットする
   ゴム」を開発した。エトレー・マスタースクイジーの完成である。
 
 スクイジー 日本に

   ”What is this? What name?”
   ”It's SQUEEGEE”
   ”SQUEEGEE?”
   ”YES”

   全ては、そこから始まった。
     昭和35年5月、NBS (日本ビルサービス)への入社を前にして、浅地正一は近代的ビル管理業の先進国アメリカに
   期待して留学の途についた。
   アンカレッジ空港に降り立った浅地は、空港ビルのガラスを清掃する作業員を見て、「おや?」と思い立ち止まった。
   「あのワイパーのような道具は?」
   これが浅地とスクイジーの最初の出会いであり、この瞬間こそが日本におけるスタイジーの歴史の第一歩であった。
   「アメリカで実用化しているものが、日本で実用化しないわけはない。一つこれを追求してみるか。」
   帰国した浅地は、さっそくスクイジーを報告し、自ら社長をしているユニオン商事での販売を念頭においてスクイジーの
   普及に努めた。

 みがく″作業からもどす″作業へ
    清掃革命を念頭において浅地のスクイジーの普及活動は当初から苦難の連続であった。
   障害の最大の原因は、「ガラスみがきは器具でやるもんじゃない」という現場作業員の職人気質にあった。
   当時は、乾布=A″ケイ布=A仕上げ=@と呼ばれる雑巾に磨き粉をまぶしたものでガラスをみがく方法が主流で、
   みがき上げることがすなわち技術だ、という職人気質が根強く現場を支配していた。

    当時の状況を砥石氏 (研光保全)は次のように語っている。「10年位乾布を使って作業してましたんで、今さら何だと
   かなりの抵抗があったんですよ。それでもまあ使ってみるかって感じで使い始めましたけどね。」

    しかし浅地は、スクイジーは従来方式の不合理さを改善できる道具であること、もちろん、過重な現場作業員の
   エネルギーコスト節約にもつながることを強調し業者を説得してまわった。

    試用テストの結果も上々であったがここにきてもう一つ別の障害が生じた。下請け料金である。つまり能率アップ、
   コスト低減ということになれば、下請け料金を下げられてしまうという懸念である。

    そこで浅地は「紫色のマークが残っている  −乾布でみがくとガラスに紫色のムラが出たーようなのは、いまの
   ぼくにとってはスキャンダルといっしょだ。窓ガラスは本来きれいなもので、汚した結果は見るに耐えない−。」と 
   「清掃料金据置き。作業方法はスクイジー方式」という英断を下した。
 
     「スクイジーを使って一番のメリットだと思ったのはムラが全く出ないということでしたね。
   当時、台風の後の清掃はものすごく大変でしたから。」 (砥石氏談)
   こうしてスクイジーは日本のウィンドウクリーニングにとけこんでいった。
  選手権大会の歩みの中で

   昭和61年3月。「第1回日本ガラスクリーニング選手権大会」が晴海の国際見本市会場で開催された。
   そして平成6年9月に開催されたエクステリアクリーニング フェア’94まで計6回の大会が開催された。

     第1回から参加している松崎氏(エコル)は、この6回の大会の歴史の中で
   スクイジーの使い方がかなり変わってきていると語っている。
   
(窓ガラスクリーニング大会の模様は、こちらをクリック-->窓ガラスクリーニング大会日本一

   スクイジーはまわして使うものという考え方がよく知られているが、今彼はストレートに使うやり方こそがスクイジーの
   基本だと言う。
   
     彼がそう考えるようになったのはアメリカで開かれた大会に参加してアメリカ人のストロークを見てからだと言う。
   彼らは、いかに早くきれいに窓を拭くかを常に考えている。

     「もっと早くきれいに」そして「もっともっと早くきれいに」結果彼らが考えたのは
    スクイジーをよりストレートにストロークするということであり、それが競技における
    4ストロークとなっていった。


   確かにスクイジーがまわるとき、その時が一番ゴムにかかる力が均等でなく汚れが残りやすい。ストレートに引いて
  ストレートに落とす。それが可能になれば、仕上がりはよくなりストローク数も減る。彼らは大会を経験していく中で
  スクイジー本来の、もっとも効率のよい使い方を身に付けていったのである。
  (スクイジーの使い方は、こちらをクリック-->2.ガラスクリーニングの知識と技術 )
  
    アメリカ在住のクリスリチャー氏は語る。「スクエアにストロークしてスクエアにカットしなさい。
  そうすればあなたの仕事のランクはもっともっと上になるでしょう」と。
   
  固定式から回転式へ

    今、我々が日々の作業で使っているスクイジーはチャンネル固定式のものが多い。
  しかしこのタイプだとポール作業ではいろいろな状況に対応できない。ポール作業こそが最もストレートなスクイジーの
  使い方なのだ。そこでチャンネル回転式のスクイジーが大変便利になる。

   これからのウィンドウ クリーニングの主役はチャンネル回転式スクイジーではないだろうか。
         (文中敬称略)


  
      文●大井 圭一 
          Text by Keiichi Ohi
 
 参考文献●「ガラスクリーニングを革命した男たち」
          且ミ会環境研究所 発行

SAVING もっと好きになりたい Window Cleaning 1995年9月号掲載



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